インタビュー - April 12, 2020

災害に直面して考えさせられる、
「アートの役割」、「私が書くべきもの」。
金森朱音インタビュー


みなさん、お久しぶりです。お元気ですか? 今年、2020年は本当に大変な年になってしまいましたね。5月になった現在も新型コロナウイルスが猛威を奮っています。みなさんもご存知の通り、ロンドンやNYなど海外の都市のロックダウンは継続中。日本は幸いにもそこまで厳しいものではありませんが、4月7日に政府から緊急事態宣言が発令されて以来、人との接触をこれまでの8割減らすよう推奨されています。GWもステイホーム週間となって、こんなにすることのないGWは初めてだという困惑した声も多く聞こえます。

そんな今、感染者や医療従事者はもちろんのことですが、全世界の誰もがみんな、ウイルスの脅威と自分なりの闘いをしているのだと思います。そんな中で、アーティストは今どんなことを考えているのか、彼らの闘い方を知りたくて、Googleハングアウトを使って、オンラインインタビューを行いました。

お話いただいたのは、新進気鋭の若手アーティスト、金森朱音さん。金森さんは以前より、「東日本大震災をきっかけに、“書家として何を書くべきなのか”ということについて熟考するようになった」と語っていらっしゃいました。現在世界的な規模で進行している大災害の中で、金森さんが考える“アートにできること”について伺いました。途中脱線して、書の文房四宝である墨、筆、紙、硯を使わない大胆な表現を志向しながら、「文字を書く」こと、そして「書」にこだわることの理由もお話いただきました。ぜひ最後までお読みください :)


金森朱音さん
金森朱音さん

Profile

金森朱音 かなもり あかね
1991年岐阜県岐阜市生まれ。東京都在住。東京学芸大学書道科卒業後は高校の書道科教員として次世代の育成に携わる。2014年に渋谷・ギャラリールデコにて「金森朱音展 – 何ヲ見テ何ヲ想フ –」を開催。一児の母として、書家として、教師として、そして一人のアーティストとして、自己の内面に向き合い、時に発散、表現し、めまぐるしく多忙な日々を過ごしている。



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現在の過ごし方


ーー 緊急事態宣言が発令されてから今日で5日目となりますね。金森さんもご家族もお元気にお過ごしですか?

はい。2月末から娘が通う幼稚園が登園自粛となり、私の仕事も自宅でとなったので、家で過ごしています。どこで感染するか分からないということもあり、子供同士でも接触は避けるようにしています。外に出るのも庭で遊ぶ程度ですね。娘はお友達と遊べなくて寂しいというよりは、「おうちでパパとママと一緒にいられるからいい」という感じで、そこはまだ小さくて良かったことですね。ただ、主人は今も(4月12日時点)電車で通勤しているので、やはり心配ですね。一番元気なのは飼っている犬です(笑)。

金森朱音さん
金森朱音さん

前回の大災害で考えたこと、「3.11」シリーズについて


ーー 今日は金森さんご自身がこのコロナ渦とどう向きあい、どんな変化の途中にあるのか、迫っていきたいと思います。が、その前に、前回の大災害の時に書かれた作品のことからお聞きしましょう。金森さんは、東日本大震災の時に、「3.11 生死」「3.11 悲鳴」という作品を書かれていますね。その時の思いを改めてお話しいただけますか?

はい。東日本大震災が起きて一年ほど経った頃に、被災地を実際に自分の目で見たいと思い、南三陸、女川町、陸前高田、気仙沼などに行きました。その経験から、あれらの作品ができました。

震災から一年経っていましたが、まだ電車も通っておらず、バスやタクシーを乗り継いでの旅でした。どこも瓦礫の山が残っていて、本当に何もない状態で。多くの場所に看板が立てられていて、津波が来る前の街の写真が貼ってありました。写真を見ると、そうした場所がもとは普通の住宅地で、家や公園、ビルなどがあったことがわかりました。人々の普通の生活が一瞬にしてなくなってしまったということを目の当たりにしました。出会った人たちの話からも、終息したわけではなく、まだまだ大変な状況だということが伝わってきました。ある程度の状況はテレビのニュースなどで知ってはいましたが、実際に自分の目で見た被災地は、信じられない光景でしたし、衝撃的でした。何も復興が進んでいないこともショックでした。

そうして東京に戻ったとき、あまりにも被災地との差がありすぎて愕然としました。震災が起きた直後は、連日テレビでも被災地の状況が流れていましたが、だんだんとそういう報道も減ってきていて、被災地では復興が進んでいないにも関わらず、私たちは着々と日常を取り戻していくのを感じました。人は自分の身に起きていない事に対して、ここまで無関心になってしまうのかと悲しかったし、怒りが湧きました。そのとき「書きたい」「書かなくては」と思ってできたのが、あの3.11の作品です。一年経って、震災のことを忘れてきていること、無関心でいることに対して、まだ自分たちにはやるべきことがあるということを投げかけたいという思いで書いたものです。

金森朱音「3.11 生死」2012
金森朱音「3.11 生死」2012

 

ーー そんな背景があったんですね。題材の言葉はどのように選んだのですか?

「3.11 悲鳴」は、タクシーで被災地を周っていただいた時に、運転手さんから伺ったお話を思い出しながら書いたものです。津波が押し寄せた日、家や建物に取り残された人たちがたくさんいたそうです。運転手さんが避難していた場所から遠く離れた建物の上にも人がいるのがわかった、と。救助活動が追いついていなかったため、叫び声があちこちからしていたそうです。でも、その助けを求める声に対して、自分は何もできなかった、その悲鳴がずっと耳に残っているとおっしゃっていました。 

その話を聞いて、なんて声をかけたらいいのかわからなくて、自分の無力さを痛感しました。東日本大震災の時、私は東京にいたので被害には遭いましたが、ここまでの状況ではありませんでした。だからこそ、実際に起きたことを忘れてはいけないし、多くの人に知ってほしい、これは絶対書かなくてはと思いました。しっかりと伝えて残していくべきことだと。

ーー 運転手さんもみんなに忘れて欲しくないと思って、金森さんにその話をしてくださったんでしょうね。

そうだと思うんです。でも書の難しいところがありますね。「悲鳴」と言う文字だけしか書けないし、全て文章として残せるわけではないですし。この作品だけだと伝えられない部分もあるので、そこももっと発信していかなくてはと思っています。

 

金森朱音「3.11 悲鳴」2012
金森朱音「3.11 悲鳴」2012

 

ーー 「3.11 生死」のほうも、その旅での具体的な経験が元になっているんですか?

実際に被災地で、人の生死が間近にあることを感じて、その頃は「生死」という言葉しか浮かびませんでした。震災を作品のテーマにするとなると、復興に向けてとか、希望とか、前を向いて行こうというようなポジティブなものが多いイメージですが、私はどちらかというと、現実を伝えたい、伝えなければ、という気がしました。ダイレクトすぎるのではないかとも悩んだのですが、この言葉以上何も出てきませんでした。

「血」シリーズに込めた想い


ーー 「血」のシリーズも震災と関係がありますか?

3.11の後、自分はどのように書いていきたいのか、何を書くべきなのかということを考えさせられました。自分が「書きたい」ものを感覚的に書くのではなく、「書くべき」ものを熟考して作品を作るようになりました。「血」はその後のシリーズなので、関連はありますね。

ーー どういう意味が込められているんだろうと思ってたんです。


金森朱音「血」2013
「喜びや怒り、悲しみと共に
私の中の血が体中を駆け巡る
そしてそれが線となり字となり作品となる」
金森朱音「血」2013

 

 あの作品の「血」は、血液の意味ではないんです。私たちの体の中には、血だけではなく、喜びであったり怒りとか悲しみとかいろんな感情が巡っていますよね。その「感情」と、そして「生きている」ということを表現したいという思いがありました。「血」という文字に自分自身を投影したという感じです。自分の体の中を駆け巡っている感情が、点になり線になって、文字になり、最終的に作品になるという感覚でいます。一時期、毎日のように「血」のシリーズを夢中で書いていました。自然と毎日違う「血」が生まれて新鮮でした。


金森朱音「血」2014 ギャラリー・ルデコでの展示風景
 「2013年に書いていたシリーズ「血」の作品を集めて展示しました。 箱の中に入れることで私の日々の感情がぎゅっと詰まった塊ができ、 文字が自分自身であるということを表現しようと試みた作品です」
金森朱音「血」2014 ギャラリー・ルデコでの展示風景

作品を書くときのこと


ーー ちょっと話が脱線しますが、作品を書く時は無心なんですか?

無心ではないです。やはり感情があるので。

ーー 思考についてはどうですか? ここはこういう風に書きたいとか、バランスを取ろうとか、うまく書こうとか考えますか?

難しいところですね。一応、構成などは考えますが、前もって「こう書こう」という考えが入りすぎてしまうと、その時の自分の感情が薄れる気がしてしまって。だから作品によりますね。書道の公募展などの作品は、綿密に構成などを考えて書きます。でも自分の感情に従って書いていく作品は、感情の方を優先するという感じでしょうか。感情を優先して書く場合も、結局は今までの臨書や制作で積み重ねてきた、自分の体に染み付いているものが出ます。自然に動きや技術が選択されて出てくることが理想です。だからこそ、日々の積み重ねが大切だと感じています。

ーー 金森さんは絵の具も使われますよね。書道は長年技術を培ってこられたものがありますが、絵画的な技術も勉強されたのですか?

全て独学です。

ーー 技術がないことで、逆に感情を出しやすいとかはあるんでしょうか? ルールに捉われずに済むとか。

技術がないというか、知らないことに関しては、こどものように純粋に楽しんだり、新鮮さという点で普段とは違うアプローチができることもあるでしょうね。私自身は、絵画などの用具用材の使い方に関しては、まだわからないことが多いのですが、絵の具を使ったりしても、結局私の書き方は書道から来ているんだなと自分では思っています。使っている道具が墨から絵の具に変わっているだけなので、私の中では「書」であることには変わらないですね。

 

今書くべき作品とは


ーー どんな用具用材を使っても自分が書くものは「書」であると、はっきり認識されているのはすばらしいですね。さて、それではいよいよ現在の話に移りたいと思います。今作品を書いていらっしゃいますか?

今は娘とずっと一緒に過ごしているので、なかなか日中にまとまった時間をとって書くことが難しいです。空いた時間を見つけてという感じです。今までは幼稚園や周りの人たちに助けてもらっていたから制作ができていたんだなと、改めて実感しています。

ーー 今日もインタビューの間、ご主人がお子さんを見てくださっているんですよね。では、これから書かれるのは、どういう作品になると思いますか?

今、社会が危機的な状況にある中で、絵画や書道の作品などは、直接人々の空腹を満たしたり、喉を潤すといったことはできません。でも、アートの力は、人間が生きていく上でとても大事なものだと思っています。よく言われるように、「アートで希望や勇気を与える」ということも、もちろんあると思いますが、「表現する」ことは、本来人間誰にでもできることなんですよね。書を書く、絵を描く、歌を歌う、どれも自分の感情と向き合うことです。自分の内側と向き合って、それを表に出す。その体験が人にエネルギーをもたらすし、自信につながる。そういう意味で、アートは人にとって大切なものなのではないかと思います。

それから、アートの大事な役割として、現実を伝え、後世に残すことができるということもあると思っています。今コロナウイルス関連で起こっていることも、こうすればよかった、こうすべきだった、というような見直すべき点がたくさんあります。そういうことを繰り返さないように、警鐘を鳴らすこともアートにはできるのではないでしょうか。アートの歴史を見ても、反戦であったりとか、社会情勢に対する反対の意見であったりとか、そういった作品を残した人が大勢いましたよね。2017年に国立新美術館で開催された  「サンシャワー展」という東南アジアの現代美術を紹介する展覧会では、海外の紛争や人種差別の問題、多様な価値観や文化をテーマにした作品が数多く展示されていました。そうした作品を観て、東南アジアだけでもこんなに苦しい状況に置かれている人たちが大勢いるということに初めて気づかされました。アートの役割として、観る人に考えさせるということも大きいのだなと思いました。ニュースや新聞などの映像や音や活字で伝えられても、一瞬で記憶から流れていってしまうことが多いと思いますが、作品として残せば、目で観て感じて、より人々の脳裏に焼きつかせることができるのではないかと思います。「戦争反対」など、言葉だけよりも、一枚のアートのほうが響くものがあるのではないでしょうか。アートが直接的に戦争などを止められなかったとしても、どんなに小さくても良い未来への一歩に繋がるのではないかと思っています。

ーー 金森さんのお話を伺ってきて、自分の感情と向き合ってそれを表現することが、人間にとって、とても大切なことだと考えていらっしゃることがわかりました。私も本当にそう思います。そしてこれからの金森さんのアートは、社会に対して訴えかけていきたいという気持ちが強いようですね。コロナが終息した後、社会は大きく変化しそうですが、どんなふうに変わると思いますか?

以前よりも一人一人が自分で考えて行動するようになるのではないかなと思います。今まで楽観視しすぎていたことや、自己管理能力が足りなかったこと、そういった自分を見直さなくてはいけません。東日本大震災の時も強く感じたのですが、一定の時間が過ぎると人は簡単に忘れてしまうんですよね。周りがそうなってしまった時、「ちゃんと思い出そうよ」とか「大丈夫かな」とか、そういった声かけができるのが表現者だと思います。だから、私自身も社会で起きていること、周りで起こっていることを見極めて、表現すべきもの、発信するべきものを考えて書いていきたいなと思っています。

ーー 最後に、コロナ渦が終わったら楽しみにしていることはありますか?

今、展覧会やアートフェアの中止など、アート界にも大きな影響が及んでいます。アーティストみんなの環境が大きく変わっていると思いますし、一人一人がどんなことを感じているのか。コロナが終息した後、さまざまな活動が始まっていくと思いますが、アーティストたちはこのことから何を吸収して、どのように作品にしていくのだろうと思っています。アーティストたちの作品が楽しみです。私も自分らしく、これからも作品を書いていきたいです。

ーー コロナ後のアートがどんなふうに変わるのか、私も本当に楽しみです。金森さんの新作も楽しみにしていますね。今日は長時間、ありがとうございました。


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 取材ノート Googleハングアウトというオンラインミーティングのツールを使って、気付いたら2時間弱。お互いすっぴん同士なのでビデオは切りましょうと、声だけのインタビューでしたが、とても充実した楽しい時間でした。他の誰のものでもない自分自身の想いをまっすぐに話す金森さんは本当に魅力的。コロナがいつ終息するのか、自粛がいつ明けるのか、情報も錯綜していて、まったく見えてきませんが、私も自宅で過ごす時間を有効に使って、コロナ後、変化した自分に気づけたらいいなと思っています。ここまで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。どうかお元気で、またお会いしましょうね。

写真:山崎あゆみ 聞き手・構成:吉末真由美